足を動かしたいときは、手を動かす?たのしく動ける「上肢と下肢の関係」【パフォーマンス医学】

少し離れた場所に、果実があるとします。そこまで今の位置から歩いて手で取りに行く時のことを想像してみてください。

その果実まで何歩ほど歩いて到達するか、また一歩あたりの歩幅はどのぐらいの歩幅にするかを考えながら歩くでしょうか?おそらく考えずに歩くと思います。歩幅も歩数も特に意識することなく、ちょうどいい感じで歩いて手で果実を手にする。それが自然ではないでしょうか。

私たちは「物体を手で取る」という行動をするときに、手とその物体までの距離を測っています。物体を見るという行為は目を使い、取るという行為は手を使うことになりますから、「視覚からの情報」と「身体からの情報」を使って脳が距離を把握する、というわけです。その際、潜在意識下で、足の歩幅、歩数も、その距離に応じて自動計算されると考えられています。この自動計算があるから「歩幅や歩数を意識せずに自然に移動できる」というわけですね。

下肢の動き、上肢の動き

足は、手に比べてあまり器用ではありません。手は身体を支えるという役割から開放されているから、器用さを獲得したという背景はもちろんあります。そしてもうひとつ、脳からの距離は、手の方が圧倒的に近いため、「指令がより早く届く」という側面があるんですね。これも、手は器用、足は不器用の要因なのです。

では、ここで実験をしてみましょう。

あくまで真似事で構いません。ボクシングのように構えて、足を動かしてフットワークをやってみましょう。このとき両腕を固定し肩甲骨が動かない状態をわざとつくってフットワークにトライしてみてください。

いかがでしょうか?動きづらくありませんか?

逆に両腕の固定をやめ、手、前腕、上腕、肩甲骨の自由を確保した状態で動いてみると・・・・とても自然に動けるのが実感できると思います。

このように、下肢の動き、足の動きには上肢や肩甲骨の動きが深く関わっています。

私たち人間は進化の過程で、森の木の上で生活していたテナガザルのような種が、気候や自然環境の変化で森を追われ、再び地面に降りてきた、と考えられています。四つ足歩行からいきなり直立二足歩行になったのではなく、二本の上肢での移動を獲得してから、そのあとに直立二足歩行を獲得した、というわけです。これは赤ちゃんの歩行機能獲得に過程で、歩く前に上肢を使った「つかまり立ち」を行うのに似ています。

つまり四つ足歩行→二手での空中移動→直立二足歩行、の進化を遂げてきた私たちの身体は、上肢や肩甲骨が動けば、下肢もさらに動やすくなるメカニズムなのです。

ですから、上半身を使った動きの運動イメージをつくり、それに下半身の動きを連動させるように練習すると、身体の動き全体がスムーズになります。スポーツなどでよく「下半身が重要」と力説されることはありますが、動くのは下半身でありながら、下半身の動きをリードするのは目、首、上肢など、脳に近い部位なんですね。

スポーツの動きと怪我の予防

格闘技におけるキックの動き、サッカーのドリブルやシュート…スポーツシーンにおいて足を使う時、足だけ変えようとしてもなかなか改善しづらい理由がここにあります。

どこに視点を置くか?首をどう動かすか?手や指の動きはどうか?手関節や肘関節を使うか?肩関節や肩甲骨は?

このように上から見直していくと、下肢を含めた全体のパフォーマンスが向上することがあります。

さらにスポーツシーンだけでなく、日常生活でもちょっとしたことで身体を守れることがあります。

例えば、車の運転席に座っていて、後ろを振り向にながら何か物を取る時。つい片手(左手なら左手)を伸ばそうとしてしまうと、腰や肩などを痛めてしまうことがあります。片側の上肢だけを伸ばそうとすると無理矢理ストレッチするような形になってしまって、小さな筋肉に大きな負荷がかかってしまうんですね。

このようなときは、まず両手とも後ろに向くように動かして身体の向きを変え、その次に取りたい方の片手を伸ばすようにすると、怪我のリスクを減じることができます。

「無理に伸ばしきらない」を心がけて、各関節に余裕をもって動くと関節や筋肉をダメージから守ることができますので、身体を痛めやすいタイプ、怪我が多いタイプの方はぜひ試してみてください。

身体はつながっている

私たち人間は、高度に視覚を発達させてきた生き物です。もちろんそのプラスも大きいのですが、その反面、どうしても「見える」にとらわれてしまうことがあります。また手足を別々に動かすこともできるため、「上肢と下肢は別々のもの」と考えてしまいがちです。しかし、それらはあくまで認識として、であって、実際は、眼も、頚も、手も、いろんなパーツが協調して運動が成り立っています。

「ピアノが上手く弾けないとき、下半身や姿勢を変えてみたら上手くいった」

「視点を固定しないように動いたら、ダイナミックに動けるようになった」

「腕を大きく使えるようになったら、ジャンプの距離が長くなった」

実際に、そのような例がたくさんあります。バスケットボールの神様、マイケル・ジョーダンはダンクシュートの時に舌まで動かして空中を移動しますし、一流のギタリストは表情筋群をもフルに使ってより高度な演奏を実現しています。世界王者クラスのボクサーは眼の動かし方も、平均的なボクサーとはかなり異なっています。一見関係なさそうな部位や機能も上手に参加しながら、運動は成立しています。

「人間の身体はつながっている。部位の合計が身体なのではなく、部位は身体全体の一部にすぎない」

以上、パフォーマンスを追求する際にもっておきたい意識を共有させていただきました。小さな変化による大きな違いをぜひ体感してみてください。

二重作拓也

挌闘技ドクター/スポーツドクター リハビリテーション科医師  格闘技医学会代表 スポーツ安全指導推進機構代表 「ほぼ日の學校」講師。1973年生まれ、福岡県北九州市出身。福岡県立東筑高校、高知医科大学医学部卒業。8歳より空手を始め、高校で実戦空手養秀会2段位を取得、USAオープントーナメント高校生代表となる。研修医時代に極真空手城南支部大会優勝、県大会優勝、全日本ウェイト制大会出場。リングドクター、チームドクターの経験とスポーツ医学の臨床経験から「格闘技医学」を提唱。専門誌『Fight&Life』では12年以上連載を継続、「強さの根拠」を共有する「ファイトロジーツアー」は世界各国で開催されている。またスポーツの現場の安全性向上のため、ドクター、各医療従事者、弁護士、指導者、教育者らと連携し、スポーツ指導に必要な医学知識を発信。競技や職種のジャンルを超えた情報共有が進んでいる。『Dr.Fの挌闘技医学 第2版』『Words Of Prince Deluxe Edition(英語版)』など著作多数。

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