「老いを静かに受け入れていく生き方」【連載:アラカン女医のひとりごと】

今年の9月で私は57歳になります。いわゆるアラカン真っただ中。50代になってから、鏡をみるたびに、目の下や頬のたるみやシワ、口の周りのほうれい線やらマリオネットラインやらが、日に日にあきらかに目立つようになってきました。若いころに紫外線ケアをさぼっていたせいもあり、シミも結構な数浮き出てきてます。(あ、ちなみにこのエッセイのプロフィールに使っている写真は、宣材用の写真を撮る暇がないため約5年前のものを使いまわしており、もっと老化は進んでおります。)鏡で自分の老化現象を見つけるたびに、「あ~あ」とため息が出てしまいます。が、私は今のところ、できるだけ自然に任せようと決めています。一応、化粧品は美白ラインを使い紫外線ケアもできるだけ心がけてはいますが、その程度で老化が防げないことは、よ~く知っています。

現在は美容整形や美容皮膚科などでのアンチエイジング施術が発達し、あちこちで人工的なアンチエイジング施術が受けられることや、そういった施術をあれこれすれば、シワ、たるみ、シミなんかも、一時的には、かなり改善することももちろん知っています。が、私はおそらくこれからも、そういった施術は利用しないでしょう。なぜかというと、そういった人工的な施術のほとんどが、あくまでも一時的な効果であり、永遠に効果が継続するものではないことを知っているから。そして長年、仕事やプライベートで出会った様々な女性と接してきて、悟ったからです。「老化に抗えば抗うほど、心の平安から遠ざかってしまう」ということを。

もちろん私の勝手な悟りなので、絶対的な真実だというわけではなりません。ただ私が今までの人生で出会った数多くの高齢の先輩女性たちのなかで、私が「将来こんなふうになりたいな」と感じた方は、全て「穏やかな笑みを浮かべて心安らかに生きている おばあさま達」。そして全員といっていいほど、アンチエイジングに頑張っていなかった。

「年取って刻まれてきたこのシワが、意外と患者さんには説得力あるのよね」とおおらかに笑っていた80代の精神科医の恩師や「若さや美容に振り回されなくなってからが、本当に自分のしたいオシャレができるようになるのよ」と教えてくれた70歳のエレガントなマダムなどなど。

「年をとったら、こんなふうになりたいな」と思った年配の女性たちは、顔には年齢相応のシワやシミ、たるみがしっかり刻まれているものの、それがまた年長者の心の余裕を優雅に醸し出していました。そして、みな、ゆったりと穏やかな空気感に包まれていて、彼女たちの心の安らぎを感じました。若いころは、彼女たちの穏やかな空気感を醸成している根っこには考えが及ばなかったのですが、自分が老いを意識し始めて気づいたのは、彼女たちが「老いを含めて自分の人生を自然体で受けとめているんだ」ということ。彼女たちに共通するのは、無理に何かを変えようとか、逆に無理に流れをせき止めようとか頑張らない。自分のこれまでの生きざまも老いもひっくるめて、全て静かな諦めとともに受け入れている感覚。まるで森の奥で水を豊かにたたえる湖のような静謐さと大らかさなのです。

実は数年前に、美容皮膚科の受付の仕事の経験のある40歳前後の女性と話す機会があり、非常に興味深い言葉を聞いたことがあります。

「ヒアルロン酸でも、ハイフでも、一度やってしまうと、なかなか後に引き返せない。どんな美容施術でも、時間がたつと、効果が切れていってしまう。その落差に耐えきれなくて、一度やってしまうと、ずっと施術をやり続けていく人がほとんどなの」と。

その女性は、「私は、クリニックに通ってきていた患者さんのように、お金がたくさんあるわけじゃないし、ずっとアンチエイジングに縛られたくないから、今もこれからも人工的な美容施術はやらないつもり」と笑っていました。彼女と話して、私は何となく合点がいきました。加齢に対抗し、若さを維持しようと人為的にやりすぎてしまうと、逆に心の強い執着となって、自分の老化現象を自然に受け入れられなくなってしまうんだなと。もちろん、お金が潤沢にあり、アンチエイジングが楽しくて仕方がなくて、「最新の技術を使って可能な限り老化と戦っていく」という生き方も、私は否定する気は毛頭ありません。実際、アンチエイジングを追求することが生きがいや楽しみだという人もいることでしょう。しかしアンチエイジングの呪縛に縛られて、老いの恐怖におびえながら、金銭的にも無理をしつつ、高額な施術を繰り返していくというのは、心のストレスケアの観点からもよろしくないと思います。何よりそれは、私が出会って魅力を感じた「心安らかなおばあさま像」ではないなと思うわけです。若さや容姿など外見的な執着を手放して、静かに大らかに年を重ねている、そういう老婆に私はなりたい。

と、そんなこんなの経験から、私自身は老化現象をそのまま受け止めて、時々「あ~あ」とため息をつきつつも、できるだけ自然に年を重ねていきたいなと考えています。60歳を目の前に控えた今からは、自分でどうしようもないことは、少しずつ諦めつつ、自分のストレスになっている心の執着をひとつひとつ手放して、楽になっていけますように。そして70代を超えたころには、今抱えているストレスフルな仕事や役割からも大いに解放されて、先にあげた恩師やマダムのように、穏やかにゆったりと微笑んでいたいなと思うのです。

奥田弘美

精神科医、産業医(労働衛生コンサルタント)、執筆家平成4年山口大学医学部卒業後、約30年間にわたり精神科医、産業医として日々、多職種の人達のメンタルケアや健康ケアにたずさわっている。またライフワークとして「より良い生き方」をテーマに執筆も行っている。私生活では二人の息子が大学生となり、子離れ親離れを日々体感しつつ、還暦を目の前にして、来るシニア時代をいかに過ごそうかと思いめぐらす毎日。近著に「会社のしんどいをなくす本」(日経BP)、「不安と折り合いをつけてうまいこと老いる生き方」(すばる舎)など。

2024-06-08T11:15:12Z dg43tfdfdgfd