脳波研究でわかった!不機嫌は“感染”する?「不機嫌ハラスメント」を回避するためにできること

「不機嫌ハラスメント」のダメージは想像以上

他人の「不機嫌」は、私たちの脳にどれくらいのダメージを与えるのでしょうか?データ19は、他人の「ストレス」が周りの人にどれくらいの影響を与えるかを調べるために、電話で長々とクレームを訴えている人のそばに座った被験者の「ストレス度」を示す脳波を測定した結果です。一見しただけで被験者の「ストレス度」を示す脳波が相当に強く出ているのがわかるでしょう。

一時は100パーセントにも達するほどです。念のために繰り返しますが、クレーム自体は電話の向こうの相手に向けられていて、被験者自身が怒られているわけではありません。それなのに、被験者の「ストレス」はここまで高まっているのです。実際に怒られている電話の向こうの相手に共感してしまった可能性もありますが、クレームを訴えている人の「不機嫌ノーラ(※1)」がうつったことも否定できないと思います。

実は実験を始めて15分後、被験者には別の部屋に移ってもらいました。「不機嫌ノーラ」から物理的に距離を取りさえすれば、「ストレス度」を示す脳波は治まっていくかもしれないと思ったからです。ところが残念ながら現実はそう甘くはありませんでした。「ストレス度」を示す脳波が治まったのは、元いた部屋から出た瞬間だけで、すぐにまた強く出てきてしまったので。これが、一度抱くとなかなか払拭できない「ネガティブな感情」のしつこさなのでしょう。嫌な人から離れることができたという「刺激」程度では、「ネガティブな感情」から解放されるのは不可能なのです。おそらくクレームの電話をかけていた人は、自分の「不機嫌ノーラ」が、隣に座っている人にこのような深刻なダメージを与えたことなど想像もしていないに違いありません。このように〝発信元〟の悪気も自覚もなく起こってしまうのも「フキハラ(※2)」の特徴なのです。

※1:脳が伝える「不機嫌」な感情の電気信号「不機嫌な脳のオーラ」の略。

※2:「不機嫌ハラスメント」の略。不機嫌な態度をとることで、相手に不快な思いをさせたり、過剰に気を遣わせたり、精神的な苦痛を与えること。本人が意図している/いないに関わらず起こりうる。

「フキハラ」はすべての人にとって目の前の危機

相手の「不機嫌ノーラ」のせいでこちらまで不機嫌になれば、こちらからも当然「不機嫌ノーラ」が出てしまいます。その結果、互いの不機嫌は増幅します。どちらかがイライラしているだけで夫婦喧嘩が勃発するのも「不機嫌ノーラ」のせいですし、それがヒートアップするのは互いの「不機嫌ノーラ」を交信しあっている証拠なのです。

そうやって「不機嫌ノーラ」を出しあったまま、近い距離で過ごしていれば、そのイライラをいつまでも引きずったまま過ごすことになりかねません。だからこそ、「不機嫌」を察知した時点で距離を置くのが大事なのです。これは夫婦に限ったことではなく、他人の「不機嫌ノーラ」は明らかにストレスの引き金になります。どんなに親しい相手でも、どんなに好きな相手でも、その人の不機嫌を察知したなら、それが治まるまでは適度な距離を置くことが、良い関係を維持するコツだと言えるでしょう。どうしても距離が置けない場合は、先ほどお話ししたように自分の周りに「ドーム」があることをイメージした上で、好きな音楽を聞いたり、好きな香りを嗅いだり、あるいは、相手の「不機嫌ノーラ」を吸い取ってどこかに投げ飛ばすことをイメージするだけでも、かなり気分は楽になります。

「フキハラ」が、相手に対する好き嫌い、上下関係、人間としての未熟さや偏見などと無関係ではない「パワハラ」や「セクハラ」「モラハラ」などと違うのは、「ただ不機嫌でいる」というそれだけで起こってしまうことです。あからさまにそれを言動で表すことがないとしても、「不機嫌な感情」はノーラを通じて、多かれ少なかれ必ず他人に伝わるからです。そして人間である以上、誰もが不機嫌とは無縁ではいられません。「ネガティブに敏感で、その感情を引きずる」のはすべての人の脳がもつ性質だからです。だからこそ「フキハラ」は誰もが、加害者にも被害者にもなり得る、常に目の前にある危機なのです。

「フキハラ」を完全に排除することは難しいですが、それでもやれることはあります。それは、「フキハラ」というものの存在を理解し、それがあることを前提にした他人との付き合い方を心掛けるということです。ストレス自体がゼロになることはなくても、できるだけ低いレベルに留めることができれば、私たちはもっと生きやすくなります。だからこそ、ストレスの引き金の一つである、「フキハラ」からもできるだけ身を守ることが大切なのです。

「嫌」が共通している人こそがベストパートナー

他人の「不機嫌」を敏感にキャッチし、それに同調してしまう脳をもっている私たち人間は、他人の不機嫌まで抱え込んでしまう生き物だということもできます。「好きなもの」「楽しいこと」の共通点が多い人のほうが付き合いやすいと多くの人は考えますが、長い時間を一緒に過ごす相手の場合は、「苦手なもの」「嫌いなもの」が共通しているかどうか、というのも重要な視点なのです。

例えば、あなたは犬が苦手で、パートナーは猫が苦手だとしましょう。苦手な犬を見るたびにあなたのストレス度は上がる。これは当たり前のことです。でも実はそのとき、あなたのそばにいるパートナーのストレス度も上がっているです。もちろんこれはあなたの発する「不機嫌ノーラ」のせいです。つまり、あなたのパートナーは犬が苦手なわけでもないのに、犬がきっかけで「嫌な気分」になってしまうのです。次に猫が現れれば、今度は逆のことが起こります。あなた自身は猫が苦手なわけではないのに、なぜか「嫌な気分」になります。これもまた、猫を見たパートナーが発する「不機嫌ノーラ」のせいであることは言うまでもありません。つまり、あなたとあなたのパートナーは、犬を見たときも、猫を見たときも、結果として共に「嫌な気分」になるわけです。こんなことが起こるのは、二人の「苦手」が分かれているからです。もしも、二人の苦手が「猫」で一致していれば、二人が不機嫌になるのは「猫」を見たときだけなのです。

「苦手なもの」「嫌なもの」に共通点が多いほど、二人を不機嫌にする原因は少なくてすみます。例えばそれぞれに5つずつ「苦手なもの」「嫌なもの」があったとして、そのすべてが共通しているのなら、不機嫌の原因は5つです。ところが、すべてがバラバラだと、相手のぶんまでもが「原因」として加算されてしまうので、不機嫌の原因は5+5=10になります。不機嫌の原因になるものが多ければ、一緒にいる時間のほとんどを共に不機嫌な気分で過ごすことになります。共に「不機嫌」なので、「不機嫌」が増幅する可能性も高いでしょう。そんな二人の関係が長続きするとは思えません。だからこそ、「苦手なもの」「嫌なもの」に共通点が多いかどうかは、相性を測る上でもかなり重要なのです。一方、「ポジティブな感情」のほうは同調しにくいという特徴があります。だからパートナーのほうだけが「好きなもの」「楽しいこと」を、無意識のうちに好きになったり、不思議と楽しめたりするということはあまりありません。

つまり、本当に相性がいい人というのは、「ネガティブな刺激」に対する脳波の波長が合う人、と言ってもいいのではないでしょうか。「好きな人と一緒に過ごすと、悲しみは半分になり、喜びは2倍になる」などと言ったりしますが、悲しみをストレスと置き換えるなら、「ネガティブに対する脳波の波長」が合わない人と一緒にいる場合には半分どころか、2倍になってしまいます。「喜び」に関しては誰と一緒にいようが、あまり変わらないと思います。身もふたもないことを言うようですが、これが私たちの感情の現実なのです。

この本の著者/満倉靖恵(みつくら・やすえ)

慶應義塾大学理工学部システムデザイン工学科教授/慶應義塾大学医学部精神神経科学教室兼担教授/電通サイエンスジャム取締役CTO/株式会社イーライフ取締役CTO/博士(工学)/博士(医学)生体信号処理、脳波解析などをキーワードに、脳神経メカニズム・感情・睡眠・うつ病・認知症などに関する研究に従事。特に医工連携型研究に注力。電通サイエンスジャムと共同で、世界初の脳波によるリアルタイム感情認識ツール「感性アナライザ」を開発。リサーチ、商品開発など世界中で活用されている。心拍のみを用いた自律神経の動きに注目した睡眠の5段階解析、非侵襲ホルモン解析などの専門家。

ヨガジャーナルオンライン編集部

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