——性暴力が起きやすい職場に共通点はありますか?
女性を接待要員として"使う”ことが常態化しているなど、女性社員を尊重しない風土があると、やはり性暴力は起きやすいと思います。
言い換えれば、性暴力は権力や支配構造の中で起きる問題なので、上下関係がある職場では性暴力・セクハラは起きる可能性があると考えておいた方がいいと思います。
「うちは大丈夫」と思わず、研修を実施したり、性暴力やセクハラとはどういう経緯で起きるのかを理解し、その上でそれをどう防止できるのかについて組織で話し合い被害が起きないようにすることが大切です。
——本書で紹介されている調査では、職場で受けた性暴力について、周囲の言動が二次加害になっていることがわかっています。
「たいしたことはない」「よくあることだ」など矮小化するようなことを言われた(37%)、「男ってそういうもの」「酔ってたなら仕方がない」(33.1%)、「あなたが魅力的だったからだよ」など肯定的に捉えるようなことを言われた(27.3%)などの反応があったという回答が得られています。
なおそういった発言をしているのは、職場の上司、人事担当者など(22.2%)、友人(20.9%)、職場の同僚、先輩、後輩など(19.4%)と続いており、職場自体が性暴力を軽視する風土があることがうかがえます。
——勇気を出して相談に行っても傷つけられるなら、相談に行けないですよね。
組織は被害者を守らずに結果として加害を容認している企業がまだ多いと考えています。加害者の方が地位が高く、キャリアを積んでいるケースが多いので「キャリアを積んだ人の雇用を守るのは当然」と会社の弁護士が言っていた記事を読んだこともあります。
若手の人はキャリアが積み重なっていくにつれて、どんどん会社へ貢献してくれるので、そういった人を切り捨ててしまうのは、中長期的に見ると、会社にとっても大きな損失といえると思います。
加害者は処分がなかったり甘かったりすれば、「やっても大丈夫」と学習し、また繰り返すでしょう。被害を放置しておくと、将来的な損失も大きくなっていくのではないでしょうか。
——どういった対策が必要でしょうか。
被害者にとっては、自分の被害を聞いてくれる場所が会社以外にあることが必要です。
本書で掲載しているNHKの性暴力被害アンケートを見ても、被害を受けた人の中で警察に届けているのは2.2%のみ。そのうちの17.7%は相談しても相手にされず、29.1%が事情聴取など捜査はされたが、被害届が受理されなかったと回答しているように、警察に届けても受理してもらえないことも多いです。
第三者相談機関や窓口などの設置が必要になっていると思います。
職場で性暴力・ハラスメント問題が起きたとき、一人で裁判をやって解決に持っていくのは時間がかかりますし、勇気も入りますし、負担も大きいです。そのため、迅速に問題解決のために動くことのできる、国内人権委員会も必要だと思うのですが、日本にはまだないため、泣き寝入りせざるを得ない状況になっていると思います。
——心身の不調があって、一旦キャリアが断絶されてしまっても、キャリアは一つのアイデンティティですし、また働きたいと思っている人も少なくないと思います。「被害者のキャリア再構築」について、どんなことが考えられるのでしょうか。
被害に遭ってキャリアを断絶させられたからといって、二度とキャリアを再構築できないというわけではありません。「ポストトラウマティックグロース」という考え方がカウンセリングに取り入れられているという話を聞いたことがあります。「トラウマ体験をきっかけとして、新しい自分を探して成長していく」という捉え方です。そうすることで被害からの回復が早くなると言われています。
ただ、被害に一人で向き合っていくことは難しいので、身近でサポートしてくれる人やカウンセラーの力を借りることが必要だと思います。
注意したいのは、ポストトラウマティックグロースの考え方があるからといって、回復が自己責任にされてはならないと思います。
適切な支援があってこそ回復の可能性が見えてくるものであって、もっと予算をつけて支援体制を拡充していくという、社会の責任を果たすことは大前提です。何よりも社会が性暴力に厳しい目を向けることが必要です。
——被害を受けた人の周囲ができるサポートとは、どのようなことがあるのでしょうか。
「あなたが悪いんじゃないよ」という声かけは重要です。
子どものときに被害に遭ったケースでは、大人が気づいて先生を辞めさせてくれたといった話もありますので、大人が子どものSOSを見逃さないようにすることも必要だと思います。
良かれと思ってアドバイスしても二次加害をしてしまう可能性がありますので、どんな言動が二次加害にあたるかも知っておくことが大切になってくると思います。
——本書では、職場におけるものに限りませんが、男性の被害についても言及されていました。
調査では男性からの被害の声も寄せられました。性暴力において、男性が被害者と想定されにくいことや、「男らしさ」に反するなどとして、男性被害者が見えにくくなっていると感じております。
男性被害者のうち、加害者は男性が62.3%、女性が22.3%と男性の方が多いのですが、女性が加害者にならないというわけではありません。
男性が権力を持つことの多い社会なので、よりパワーを持つ男性が加害者になることが多いのですが、女性も男性社会で組織の上になっていく中で、男性の加害者と同じようなふるまいをすることもあります。
支配構造の中での力関係の問題であって、男性VS女性の問題ではないです。性別を問わず、対等で良好なコミュニケーションができる関係性を築くことのできる組織づくりが重要です。
——先生のご専門は労働経済学とのことですが、性暴力被害による経済的な影響とは、どのようなものがあるのでしょうか。
今までお話してきたとおり、性暴力被害によって、仕事を続けることが難しくなりキャリアが途絶えてしまうという、個人の経済的影響があります。
個人は成長の過程でさまざまな能力を身につけていきます。性暴力被害はその能力の形成そのものを阻害してしまうので、非常に大きな人的資源の損失をもたらします。国にとっても個人の能力を活かして働けない人が増えるという点で経済的な損失があります。
性暴力を放置することによって社会が失う経済的な利益は、少なく見積もってもGDPの0.47%、最大に見積もると、1.5%にもなることがわかりました。
性暴力は被害者当事者だけの問題ではなく、社会全体の損失であり、重大な人権侵害なのです。決して他人事ではないことをお伝えしたいです。
【プロフィール】
大沢真知子(おおさわ・まちこ)
日本女子大学名誉教授。専門は労働経済学、女性キャリア研究。日本ペンクラブ女性作家委員会委員。東京都女性活躍推進会議専門委員。
主な著書は『女性はなぜ活躍できないのか』(東洋経済新報社、2015)『なぜ女性は仕事を辞めるのか』共編著(青弓社、2015) 『21世紀の女性と仕事(放送大学叢書)』(左右社、2018)『なぜ女性管理職は少ないのか―女性の昇進を妨げる要因を考える』共編著(青弓社、2019)『「助けて」と言える社会へ 性暴力と男女不平等社会』(西日本新聞社、2023)等多数。
雪代すみれ
フリーライター。企画・取材・執筆をしています。関心のあるジャンルは、ジェンダー/フェミニズム/女性のキャリアなど。趣味はヘルシオホットクックでの自炊。
2025-11-02T11:53:49Z