「本当はどう思っているんだろう」「裏があるんじゃないか」誰かと関わるたびに、頭の中でそんな声が浮かぶ。相手の言葉を額面通りに受け取りたいのに、どうしても疑ってしまう。そんな自分を持て余している人は、決して少なくありません。
人を疑う癖は、これまでの体験が深く関係していることが多いです。人から裏切られた経験、本音を出して傷ついた経験、言葉と行動が一致しない人と遭遇した経験。心が「もう傷つきたくない」と学んだ結果として、先回りして疑うことが習慣になってしまったのかもしれません。
特に幼い頃の体験は考え方や行動パターンへの影響が大きく、「人は信頼できる」という前提を持てないまま大人になることもあります。疑いは、生まれつきの性質ではなく、生き延びるために身につけた力なのです。
疑う癖は、自分を守る働きのひとつでもあります。信じて裏切られるよりも、最初から疑っていたほうが、傷は浅くて済みます。そうやって自分を守ってきた歴史があるからこそ、簡単には手放せないのです。疑いを「悪い癖」として責める前に、それが自分を守ってきた働きだったことを思い出してみてください。
一方で、疑い続けることには代償もあります。相手の善意を受け取れない。関係が深まらない。なかなか心を開けない。「守るための疑い」が、いつの間にか「孤独を生む疑い」になっていることもあります。疑いがゼロでなくてもいいけれど、そのバランスが偏りすぎると、自分自身がしんどくなってしまいます。
誰に対して、どんな場面で疑いが強くなりやすいか。新しい人なのか、親密になりかけた人なのか。自分のパターンを知ることで、疑いを客観的に見られるようになります。
疑ってしまう自分を「ダメだ」と責めるのではなく、自分を守ろうとしてきた働きとして受け止めること。疑いがあったからこそ、これまで生き延びてこられた側面もあります。
いつから、どんな場面で疑いが強くなったのか。過去の傷つきが大きく関係している場合は、専門家と一緒に整理していくことも助けになります。
「この人は私を裏切るかもしれない」は疑いという感情であり、実際に起きた事実とは別のものです。感情を事実と混同しないことで、目の前の関係を見る目が変わってきます。
すべての人を信じる必要はありません。信頼できそうな人との関わりの中で、「言葉が受け取れた」「裏切られなかった」という体験を重ねていくことが、疑いと信頼のバランスを変えていきます。
人を疑ってしまう自分は、傷ついてきた自分でもあります。疑う癖を責めるのではなく、その背景を理解し、丁寧に向き合うことが、人との関わり方を変えていく一歩になります。疑いをゼロにする必要はありません。疑いと信頼が、自分の中で穏やかに共存できる場所を、少しずつ探していきましょう。
石上友梨
大学・大学院と心理学を学び、心理職公務員として経験を積む中で、身体にもアプローチする方法を取り入れたいと思い、ヨガや瞑想を学ぶため留学。帰国後は、医療機関、教育機関等で発達障害や愛着障害の方を中心に認知行動療法やスキーマ療法等のカウンセリングを行いながら、マインドフルネスやヨガクラスの主催、ライターとして活動している。著書に『仕事・人間関係がラクになる「生きづらさの根っこ」の癒し方: セルフ・コンパッション42のワーク』(大和出版)がある。
2026-06-01T11:09:31Z