映画『碁盤斬り』は俳優・草なぎ剛の新たな代表作 「激しい感情の動きを徹底的にコントロールする」“硬質な演技”

草なぎ剛さん(49歳)が主演を務めた映画『碁盤斬り』が5月17日より公開中。『孤狼の血』シリーズなどの白石和彌監督が手がけた本作は、あるひとりの武士の誇りをかけた復讐を描くもの。非常に重厚な質感のエンターテインメント時代劇に仕上がっている。本作の見どころや草なぎさんの演技について、映画や演劇に詳しいライターの折田侑駿さんが解説する。

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草なぎ剛と白石和彌監督が生み出す硬派な時代劇

本作は、11月に『十一人の賊軍』が公開されることも発表された白石和彌監督による作品。『日本で一番悪い奴ら』(2016年)や『死刑にいたる病』(2022年)など、次々と話題作を手がける監督として知られていますが、これが2年ぶりの最新作となりました。

古典落語『柳田格之進』をモチーフに、香取慎吾さん主演の『凪待ち』(2019年)でも白石監督とタッグを組んだ脚本家・加藤正人さんがシナリオを手がけ、現代にこそ響くであろう物語を創出。主演に草なぎさんを迎え、硬派なエンターテインメント時代劇がここに誕生しています。

復讐に燃える武士の物語

身に覚えのない罪を着せられ、故郷である彦根藩を追われて浪人となった柳田格之進。

彼は身分だけでなく愛する妻も失い、娘のお絹とふたりで江戸の貧乏長屋で暮らしています。しかし、いつどこにいても柳田は、武士の誇りを持ち続けている人物です。

彼の唯一の楽しみは、囲碁を打つこと。その対局の姿勢にも実直な性格が表れ、つねに嘘偽りのない勝負を心がけています。

そんなある日、柳田は自身の冤罪事件の真相を知ることになります。それはあまりにも不条理で悲劇的なもの。彼は復讐を決意し、お絹は仇討ち決行のため、自らが犠牲になる道を選ぶのです。

硬派な時代劇を支える手堅い布陣

裏社会を描いたものから、ラブストーリー、さらには家族の物語まで、さまざまなジャンルの作品を手がけてきた白石監督。しかし意外にも、時代劇を監督するのはこれが初めてです。

一作目となれば、やはり重要になってくるのが座組。カメラマンをはじめとする多くのスタッフももちろんですが、ここでは作品を支える俳優陣の存在に簡単に触れたいと思います。

柳田の娘であるお絹を演じているのは、主演作『青春18×2 君へと続く道』も公開中の清原果耶さん。『おかえりモネ』(2021年/NHK総合)で朝ドラ主演も果たした彼女は、まだ年齢的には“若手”でありながら、多方面から厚い支持を集めていることがそのキャリアから分かる存在です。

白石監督作品にはこれが初参加であり、主演の草なぎさんとも初共演。ですが、ほんの一瞬だけ映し出される佇まいからも、彼女の俳優としての力を感じられるというもの。発する言葉(=セリフ)の調子や眼差しには芯があり、それだけで父である柳田との強い関わりを示してみせています。このポジションを誰が演じるかによって、作品の感触は大きく変わることでしょう(もちろん、どんな役どころでもそうですが)。

さらに、柳田やお絹と関わりを持つ弥吉役に中川大志さん、柳田とお絹の仇である柴田兵庫役に斎藤工さん、柳田と碁を打ち親しい間柄となる萬屋源兵衛役に國村隼さんが扮しているほか、奥野瑛太さん、音尾琢真さん、市村正親さん、小泉今日子さんらが重要な役どころで出演。硬派な時代劇を支えています。

そんな作品の中心に立っているのが、草なぎ剛さんなのです。

俳優・草なぎ剛の新たな代表作が誕生

草なぎさんといえば、誰もが知る日本の稀代のエンターテイナー。そう断言して、どなたも異論はないのではないでしょうか。何か特定のジャンルに縛られることなく、エンターテインメントの世界の第一線を走り続ける存在のひとりです。

ジャンルに縛られることのないそのスタイルは、俳優業に絞ってみてもいえること。大人気の小説を原作としたスペクタクル大作などの看板を背負ういっぽう、ごくありふれた日常にフォーカスした作品にもフィット。非常に柔軟性に富んだ俳優だと思います。

とくにここ数年は、『台風家族』(2019年)や大変な話題作となった『ミッドナイトスワン』(2020年)、『サバカン SABAKAN』(2022年)など、より作家性の強い作品にアクティブに参加している印象です。“稀代のエンターテイナー=大スター”としての顔だけでなく、草なぎさんのさまざまな表情がこれまで以上に求められている証なのではないでしょうか。今作『碁盤斬り』もまた、この系譜に連なる作品です。

朝ドラ『ブギウギ』(2023年後期/NHK総合)で演じた陽気な音楽家の役も好評を博しましたが、柳田格之進はまったくタイプの異なるキャラクター。『碁盤斬り』は草なぎさんにとって、新たな代表作となっているように思うのです。

感情のコントロールが凄まじい

『ブギウギ』での演技と『碁盤斬り』での演技は、まさに対照的です。音楽家・羽鳥善一が饒舌だったのに対して柳田は寡黙。彼の感情には起伏といったものがほとんどない。得意の囲碁で勝利しても、娘や周りの人々と言葉を交わしていても、彼の言動はつねに淡々としています。ですがそれは、物語の途中までの話。

やがて物語が進むにつれ、私たち観客は柳田の過去を知ることになります。さらには、彼が陥れられた冤罪事件の真相も。そこにはもう、穏やかな柳田の姿はありません。武士としての誇りと愛する者を奪われた、復讐者の姿があるのみです。

とはいえ、基本的に淡々とした性格は変わりません。彼はつねに礼節を重んじる人物です。ですが微妙に、声の調子や表情がそれまでとは違う。怒り、悲しみ、焦りなど、そこには複雑に絡み合った、いくつもの感情が垣間見えます。

そして誰かの発言をきっかけに、それらの感情がふいに溢れ出してしまう。かといって、制御不能なほどに溢れ続けるわけではありません。それはあくまでも柳田が、自身の中にある激情を抑えられなくなったときのみ。こうした柳田の制御しきれない激しい感情の動きを、草なぎさんは徹底的にコントロールしているのです。それも、非常に細かなところまで。

本作は時代劇ですから、刀を用いたアクションシーンも登場します。そこでの草なぎさんの太刀筋にも圧倒されますが、それ以上に、柳田の佇まいや何気ない一言に宿る気迫に圧倒され続けてしまうのです。激しい感情そのもにではありません。それをコントロールしてみせる草なぎさんの力に対してです。そこには真の武士の魂の体現者の姿があります。

演じる際に感情に身を任せてしまうと、柳田格之進のキャラクターにブレが生じてしまうかもしれない。そのブレは当然ながら、作品そのものにも影響を与えることになります。つまり、物語の展開やテーマだけでなく、草なぎさんの硬質な演技こそが、この『碁盤斬り』を硬派なエンターテインメント時代劇たらしめているように思うのです。

◆文筆家・折田侑駿さん

1990年生まれ。映画や演劇、俳優、文学、服飾、酒場など幅広くカバーし、映画の劇場パンフレットに多数寄稿のほか、映画トーク番組「活弁シネマ倶楽部」ではMCを務めている。

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