「自分のことを気軽に話せる場所を作りたい」心理士×薬膳酒バーのマスターの新たな挑戦

現場の心理士からBarオーナーへの転身

——大越さんが心理士の道を目指すきっかけを教えてください。

大越裕之さん(以下,大越さん):大学を卒業後、バックパッカーとしていろんな国を回っていました。もともとドイツ語を専攻していたこともあって、20代はドイツと日本を行ったりきたり。その時はデュッセルドルフで日本文化を紹介するボランティアをしたりしていました。そんな生活を続けていて30代に入ったあたりの頃、これまでの自分とこれからの人生について色々考える機会がありました。『これからの自分の人生、どうありたいのか』と考えていた時、心理学に出会いました。興味を持って学ぶ中で、『心理士になり、心のケアを通して多くの人の役に立ちたい』という想いがめばえて。それまで行っていたドイツとの二拠点生活を終え、日本に戻り心理学系の大学院を受験をしました。

——バーを開く前はどんなお仕事をされていたのでしょうか。

大越さん:大学院を卒業後してすぐの頃は、小学校で相談員の仕事や、学童クラブで発達に特性がある子どもたちを中心にケアする仕事を。大学院での勉強と現場での実践は全然違っていて、どちらの仕事もカウンセリングルームで子どもたちが来るのを待つのではなく、目の前の子どもたちに対してどんなことができるのかを自発的に考えることを求められました。いわゆる心理士の仕事とは少し違いましたが、とても勉強になりましたし、この時の経験は今につながっているような気がしますね。その後バーをオープンする直前までは、精神障害や発達障害をサポートする施設で心理士として相談業務や、所長として施設の運営をしていました。そこでは個人の相談から家族の相談まで。実にいろんな相談に携わらせてもらいました。勉強になったし、やりがいも感じていて。でも、基本的には相談室に来る人と対話をする毎日。多くの人の役に立ちたいと思って心理士になったけれど、そういった自分の想いと現実はちょっと違うなと心の中では感じていました。

——心理士は、どうしても相談にきてくれた方とお話しするという場面が多いですよね。本当はもっと他にも必要としている人がいるかもしれないのに。

大越さん:そうなんですよね。相談室に来てくれる頃には、回復に時間がかかるようなステージにいる場合がほとんど。『もっと早くに相談してもらえていれば、より力になれたかもしれないのに』と感じるような方が何人もいて。歯痒い思いをしました。でも、日本での心療内科やカウンセリングに対する敷居はまだまだ高いですし、『私はそこまでのレベルじゃないのでは?』と相談することを躊躇する人も多いですよね。もっと気軽に心理士と話せる機会って持てないものか。そんな想いが強くなって、『心理士自らが積極的に社会の中に入っていき、心の悩みやストレスを抱えた人が足を運びやすい場所を作ったら良いのでは?』という発想から、誰でも気軽に心の相談ができる場所として【BARこころゆ】をオープンしました。

——なぜバーにしようと思ったのか、そしてお店の売りである薬膳を用いたお酒やお茶を提供するというアイデアはどこからきたのですか?

大越さん:まずは自分のことを話すことへの敷居を下げたかったので、カウンセリングルームではないけれど、話がしやすい場所ってどこだろう?と考えた時に、バーが良いのではないかと考えました。薬膳酒や薬膳茶を出そうと思ったのは、もともと私が東洋医学に興味があって、そこから派生して薬膳やハーブについて調べるようになりました。薬膳やハーブって体だけでなく、メンタルヘルスに役立つ効能を持っているものも多いので、心と体の両方の健康を意識できるところが魅力的で。お酒好きが高じて、薬膳酒やハーブ酒を作り、趣味として自宅で楽しんでいました。せっかくだし、この趣味と心理士の仕事を掛け合わせて、何か人の役に立てることはないか?と考えて思いついたのが、『薬膳酒や薬膳茶を楽しみながら、気軽に会話ができるバー』だったんですよね。

お客さん同士がエンパワーメントし合う空間

——お店の名前である『こころゆ』はどんな想いで付けたのでしょうか?また、お店の雰囲気で大切にしていることは?

大越さん:『こころ』を『癒す』で、最初は『こころ癒』にしようかなと思っていたんですが、すべてひらがなの方が丸くてあったかい感じがするし、親しみを持ってもらいやすいかなと思いました。バーって、カウンター周りにたくさんのお酒が並んでいるイメージが強いと思うのですが、そういった雰囲気に緊張してしまうという方もいると思うので、お酒の瓶などを前面に出さないようにしています。圧迫感がない、落ち着いた空間で心地よく過ごしてもらえたらと思いまして。お酒の瓶以外にも、壁紙をグリーンにして、茶室をイメージした内装にしています。

——確かに茶室のような雰囲気も感じますが、どことなくカウンセリングルームの癒しの雰囲気もあるような気がします!どんな方がいらっしゃるのでしょうか。

大越さん:そうそう。癒し、優しさを出したいと思っていたので、そういってもらえるとうれしいです。そうですね、来られる方は女性の方が若干多いかな。年代は、下は20代から上は60・70代まで。幅広い印象がありますね。その中でも40代の方が一番多いかもしれません。お店が水道橋にあるのでご近所の方もいますが、SNSなどを見て地方からいらっしゃる方も。

——お酒を飲んでいると気持ちがゆるみやすく、そして心理士がマスターとなると、けっこう深い話になる場面もあるのかな?と思うのですが、実際はどうですか?

大越さん:それがそうでもないんですよね。意外とオープンに明るく話される方が多くて。それと、誰かが悩みを話していても、攻撃したり自分の意見を押し付けたりすることなく、まるでグループカウンセリングのようないい雰囲気になっている時もあります。なので、僕は特に出ることなく、遠目から見守るなんていうことも多いんです。学生や一人暮らしの方も多いので、安心して話せるコミュニティ機能を果たしているような気がしてうれしいです。あるお客さんが、『カウンセリングルームや病院というだけで、気持ちが暗くなる。』とか『何を話したら良いのか分からなくなる』って話していて。その話を聞いて、やはりカウンセリングルームや医療機関ってまだまだ敷居の高い場所なんだと思いました。とは言え、皆さんの様子を見ていると、みんな話したいと思っているんだなと感じるので、そういう意味で、バーという場所は専門機関よりも敷居が低く、かつ安心安全を感じられて話しやすい場所なのかもしれませんね。

——お客さん同士がエンパワーしあえる空間って素敵ですね。お客さんの中には、1対1で大越さんとお話ししたいという方もいるのでは?

大越さん:確かに、そういう方もいらっしゃいますね。あくまでもバーであり専門機関ではないのですが、他のお客さんがいない時間帯であれば1対1でお話しすることもできます。ただし、状況によっても変わるので必ずしもできるというわけではないということだけご了承いただいています。

相談することへのハードルを下げたい

——今後、このバーを通してどんなことをしていきたいですか?

大越さん:そうですね。相談することの良さや、人に話すことの良さをもっともっと知ってもらいたいと思いますね。相談って本来、身がまえたり、緊張しながらするものじゃないですよね。だから、そういった自分について話すことのハードルを下げられたらと思います。私がしていることって心理士の中では珍しいと思うのですが、1人くらいこういう人がいてもいいかなって思っています。世の中の心理士に対する認知って思ったよりも低いので、もっと心理士の方から社会との接点を持ってもいいと思っていますし、この店の存在を知り、心理士の人たちがもっと外にでて行こうと思うきっかけになってくれたらうれしいです。

【大越裕之(おおこしひろゆき)さん・プロフィール】

1975年(昭和50年)4月7日生まれ 現在48歳 埼玉県出身

獨協大学外国語学部ドイツ語学科卒業/東京国際大学大学院臨床心理学研究科博士課程前期修了

大学卒業後ヨーロッパでのバッグパッカー、ドイツの小学校での日本文化紹介ボランティアなどを経て、ドイツ・デュッセルドルフの日本食レストランに勤務。その後、30代前半で帰国して心理士を目指し、教育や福祉の現場で働き相談経験を積む。臨床心理士他、公認心理師、精神保健福祉士、保育士など、国家資格多数保有。2022年7月、コロナ禍で多くの人が心理的ストレスを抱えている中、既存の形での心理・福祉活動ではできることに限界があると考え、今までにない新しい形での社会貢献を目的として東京都文京区に「BARこころゆ」をオープン。現在、昼間は心理士として都内で勤務、夕方からマスターとしてBARこころゆのカウンターに立つ。趣味は愛犬との散歩。

南 舞

公認心理師 / 臨床心理士 / ヨガ講師 中学生の時に心理カウンセラーを志す。大学、大学院でカウンセリングを学び、2018年には国家資格「公認心理師」を取得。現在は学校や企業にてカウンセラーとして活動中。ヨガとの出会いは学生時代。カラダが自由になっていく感覚への心地よさ、周りと比べず自分と向き合っていくヨガの姿勢に、カウンセリングの考え方と近いものを感じヨガの道へ。専門である臨床心理学(心理カウンセリング )・ヨガ・ウェルネスの3つの軸から、ウェルビーイング(幸福感)高めたり、もともと心の中に備わっているリソース(強み・できていること)を引き出していくお手伝いをしていきたいと日々活動中。

2023-05-31T08:39:40Z dg43tfdfdgfd