このテーマを取り上げる前提として、当事者たちが自らを括る障害という「ラベル」をあえて使わずに書きたいという思いがありました。
今回の執筆にあたり、医療機関から診断を受けずに、それぞれの日常生活を多様な形で送っている(休学、休職しているなど)女性の意見も聞いています。
レディー・ガガやテイラー・シフトなどの若手アーティストが10代、20代の経験を明かし、ドラマ「リエゾン -こどものこころ診療所-」でSNS時代の女子高生の病が描かれ、認知自体は広がっている若者の健康危機「摂食障害」。
コロナ3年で明らかになった国立成育医療研究センターの調査で、10代~20代の増加がニュースにもなり、じわじわと若年化が進んでいることを知りました。実際に同センターが行った新型コロナウイルス感染症の流行による子どもの心の実態調査では、子どもの「神経性やせ症」の初診外来患者数がコロナ流行前の2019年と比べて約1.6倍に。
ネットの書き込みでは、医療従事者のSNSユーザーが「(ダイエットがきっかけで)10代以下の患者が緊急入院し、点滴をしている」と投稿していたのを目にしました。
筆者は人生を生きてまだ10年以下の子が、食事を自力でとるという生きる力を失ってしまったことに驚きと悲しみを覚えましたが、きっかけは同級生の些細なひと言だったそうです。
ネット上で若者当事者が自分たちを「摂食」のような略語で括る様を目にした時、そんな「ラベル」を使うことも不本意だと感じていました。
ユニバーサルで「医学的な正解」である診断名は場合に応じて使いますが、今回は「食わずらい」という私なりの捉え方で、当事者やデジタルネイティブ世代の食と心の問題に向き合います。
前編では筆者と同世代の当事者との往復書簡で、デジタルネイティブ時代の若者当事者の心に迫り、一人の大人の目線で、彼らにできることを考えます。
彼女の名前は、郁美さん。はじめのきっかけは誌面記事で彼女の存在を知り、その後SNSでも人柄を知ることになりました。
大学卒業後、客室乗務員(CA)や、米国ウォルト・ディズニーで勤務。人前に立つシーンが多く、立ち居振る舞いも肝要な仕事に従事してきた、30歳になったばかりの女性です。
本稿の執筆前、彼女のSNSを見て、誌面の中に書かれた華やかなキャリアや明るい笑顔の裏の部分が気になりました。
掲載物の感想とともにメッセージを送ってみると、郁美さんは筆者が日頃から抱いていたメディアやSNSの中の「見えない部分」に対する問題意識を汲み取り「今のリアルな想いを発信してほしい」と直筆で手紙を書いてくれ、筆者の自宅まで届けられました。
郁美さんについて紹介する時、避けて通れないものが、今回取り上げたテーマ1つめの「わずらい(患い)」です。彼女の場合、人生の半分ほど付き合ってきたといいます。
CA(キャビンアテンダント)での勤務時代、25㎏の体で体力的にままならなくなり、受診した医師との会話やテスト診断で、正式に複数の「障害」の診断を受けたという郁美さん。
経験を伺いながら調べるうちに「食わずらい」の当事者に必ずしも「痩せたい心理」や「ダイエット」というきっかけがあるとは限らないことが解ってきました。
ドキュメンタリーやドラマ、ニュースにおける個人の物語からは「痩せたい、太りたくない」心理が典型例だと解釈してしまいがちですが、これはあくまで視聴者にわかりやすい症例の一部です。
例えば、極端な食事制限で、生命維持に最低限必要な栄養を摂れなくなる症例。生活を乱すほどの「むちゃ食い」をしては吐くことを繰り返してしまう症例。逆に、吐くことや満腹感への不安や恐怖。カロリー計算や運動をやめられない脅迫症状など。
郁美さんもうまく食事が出来なかった経験を持つ一人ですが、他にも生活に及ぶ「自己制限」の症状に悩んできたそうです。それは「自分にお金を使うこと」。自分のための買い物や自己投資に罪悪感を持ち、極端に制限をかけてしまうという独特な症状は、話を伺って新たに見えてきたものでした。
「食べることだけでなく、生活のあらゆる面で自分のことを後回しに『自分いじめ』のような行動をとっていました。」「制限型」の症例に見られる食事制限だけでなく、お金の使い方にまで及んだという事実は、筆者が最も驚いたことでした。
取材の後段で、2月からの新しい転職先で次のステージへ本格的に踏み出す手前、4日間の旅行で自分のための休暇を取っていた郁美さん。
それが改善したことを「今まさにしている自己投資」を通して教えてくれた彼女ですが、他にもこの3年に起きた、見えない大きな心理上の転換点があったそうです。
「コロナの間に突然自分に起きた交通事故がきっかけで、親子関係も見直した。病院の中で自分なりに毎日と格闘しながら生きる中、親への心配や思い煩いが消えたことも一つのターニングポイント。自立できたという実感がある今、本当に幸せで、満足している。」という話も印象的でした。
大人になってからの親子関係は「つかず離れず」が理想と描かれがちですが、郁美さんにとっては「わずらい」の一つだったのだと捉えられました。
「今、初めて自分自身をしっかりと生きている実感。自分にお金を使うことも、自然とできるようになっていると感じる。」
自分自身を生きている実感。
ハッシュタグから見えない思いに迫ることが本取材の目的で、逆説的にも聞こえるかもしれませんが、同世代から聞いたその言葉を通して、近年トレンドの「#セルフラブ」や「#ご自愛」に初めて深く共感できたと感じ、自分ごとのように嬉しくなりました。
コロナ3年を遡り、郁美さんの身に起きていたことは、大きな波風を立てずに日常を送ってきた筆者の目には「激動」のキャリア、ライフの変化と映りました。
筆者が郁美さんより二、三歩ほど先に踏み出した30代は、暮らし方は親と同居やひとり暮らし、仕事で責任のあるポジションに付いたり、一方で数人の育児をしていたりなど、多様性が膨らむ年代。
航空業界、ディズニー社での勤務など、郁美さんの20代は客観的に見れば華やかに映り、メディアやSNSの中の明るい彼女の姿を見れば「走り続けている」「活躍している」と捉え、周囲はさらに背中を押してしまうかもしれませんが、時に当事者に負担になることもあるのだと考えさせられました。
もちろん、郁美さん自身がSNSを活用し、食や体型で自己葛藤した日々、病床からの回復の道のりを綴る情報を発信してきたことで筆者は今回ご縁を頂き、SNSは有効なツールであると捉え直したことも確かです。
けれども働き方や生き方への思いは繊細で、周囲が知らない部分で移ろい、いつも同じでないこと。これは投稿を閲覧し合う関係ではなく、個人的な肉筆のやり取りをする中で見えてきたことでした。
2023年に入って近況を報告してくれた二通目の手紙には「私の症状も経験も全て発信し『気づき』となり、迷路からの脱却の助けとなりたい。」と、自分が辛い時も発信をやめず、他者を助けたいという気持ちで締め括られていました。
「CA(キャビンアテンダント)に戻りたい気持ちもあったが、高校の頃から叶えられていなかったカウンセラーになる夢、心の居場所作りの夢、人の役に立ちたいという夢もあった。自分がまず病気を乗り越え、幸せになることで、叶えてやろうと決めた。」
勤め先にも親にも見えない部分ですが、自分の経験を他者に活かしてコミュニティ運営をするという目標にも、着実に動き出しています。
デジタルの世界に視野を広げ「#摂食障害」とハッシュタグを付けて当事者たちのSNS世界を覗くと、葛藤する日々の想いは中高生から年齢の上限無く、現在進行形で次々と明るみに出ています。
インスタグラムやTwitterはそんなハッシュタグ、キーワードで自分たちを括り、悩みを共有・共鳴し合うコミュニティとなっていますが、
中には日々自分が食べるものですら「他人軸」で動かされるような食行動も、若者内でトレンドになっていることを知り驚きました(詳しくは後編で解説)。
「コロナで太ったのをきっかけに、運動脅迫や薬がやめられない」「外来や入院の経験があったが、退院後に元の日常に戻ったことで症状が悪化した」「入退院を繰り返し、復学できないでいる」など、
コロナの影響を間接的に受けて学業や進路に及んでいるというリアルな声も目立ちます。
さらに「(BMI)15を切りたい。14前半まで落としたい」「(BMI)12は太っているのだろうか」など、体重やBMI*といったセンシティブな数字にまつわる若者の書き込みは、当事者たちが互いを閲覧し合う関係で影響し合っていることまで考えると、畏怖すら感じられました。
*女性の場合、BMI15位以下は「身体症状に正常下限を下回る『るい痩(そう)』状態と言われ、専門病院の外来・入院受診の対象すら危うくなる。
「なぜそこまで、誰のために数字にこだわるのか。当事者同士のコミュニティで、悪影響はないのか」と思ってしまう大人の読者の方も多いでしょう。
「患い」とともに10代、20代を歩んだ郁美さんを取材したことで知り得たキーワード、当事者内で共有されてもいるキーワードが「拒食脳」というものでした。
専門家ではない筆者に詳しく解説することはできませんが、経験者の郁美さんによると、このようなものです。
「当事者の脳の中には『拒食脳』というものがあります。どうやって思考転換できるか、付き合っていくか解ればよいもの、多くの人がとても『頑張り屋さん』『完璧主義』なので『完全に治さないと』と、どんどん抜け出せなくなることもあります。それがなかなか理解されないからこそ、自分を責めていき、自己肯定感を下げていくのも特徴です。」
こうしたセンシティブな若者の心に、周囲の大人は「気づいていないふり」をしているのではなく、緩やかにつながる当事者の中でのみ共有され、医療者や親といった身近な存在が気づき得ないネット環境も後押ししています。
今や中高生からスマートフォンやSNSを使いこなしていますが、親たちは、子どもたちがその手元で操るネット上の情報や匿名的なやりとりで影響し合い、徐々に蝕まれていくメンタルヘルスについて管理することは厳しいでしょう。
すると医療従事者や親たちは、どうしても体重や体の変化といった目に見えるもので判断してしまうことになってしまうことが納得できます。
特に「何かに依存してしまう」という内面の悩みについて「親や先生には話せない。ここにしか書けない」という書き込みが多く見受けられましたが、ネット上の当事者の中でのみ共有されている状態は、あまり居心地がよいと感じられません。
筆者は本稿執筆にあたり、文化人類学者の磯野真穂さんの著書や、ヨガジャーナルオンラインやSNSで若い世代にも分かりやすく発信され、相談室も設ける心理士のあかねさんの「ダイエット依存」に関する記事や投稿を読み、改めて細かな症例や「依存症」の定義を把握しました。
依存症とは「心理的・精神的・社会的に、自分の不利益になっているのにもかかわらず、それなしにはいられない状態」で「自分の意思でコントロールが出来ない状態」であるとのこと。
アルコール、薬物だけでなく、買い物や人間関係までに及びます。何かへの「依存」は、それが病気と診断されていなくても、誰しも1つは思い当たる節があるのではないでしょうか。
こんな話題もあります。
日本ではまだ馴染みのない言葉ですが、欧州では「医学的に認知されないもの」として2017年にもニュースになった、いきすぎる健康志向「オルトレキシア」や、決まった食べ物やルーティン以外を排除する「回避性制限性食物摂取障害」など、新たに認知されるようになった「食わずらい」の症例が浮上しています(詳しくは後編で解説します)。
筆者はコロナ禍における自身の健康改善のヒントに、Coach Lottie氏のポッドキャスト「Your plate is Your Life®」を聞くようになり、これには自分も思い当たる節がありました。
10代の頃から地球環境や体にいい物を優先に買い物行動をしてきたとともに、食べ物や食べる場所を極端に衛生目線で選ぶようになった2020年以降、家族全体での会食控えや孤食が続く状態は続いています。
決して他人事ではない話題です。
誰もが不安なアンダーコロナ時代だから、みんなで共感できる。
後編は20代から10代へのメッセージ。 デジタル時代の「わずらい」(患い・煩い)に、社会みんなで共感するためのヒントをお届けします。
これを読んでいる10代の方がいらしたら、以下のサイトをご紹介します。
ポータルサイト:「10代のあなたへ」
腰塚安菜
慶應義塾大学法学部政治学科卒業。2016年より日本環境ジャーナリストの会(JFEJ)に所属し、環境・社会、SDGs、ESD、教育、文化多様性などをテーマにメディアに寄稿。2018年に気候変動に関する国際会議COP24を現地取材。一般社団法人 ソーシャルプロダクツ普及推進協会で開催10回目となる「ソーシャルプロダクツ・アワード」審査員を2013年度の初開催から6年間務めた。次の海外取材復活を夢に、現在は日本で妄想旅をしながら、地域文化やフランス語を学習中。
2023-03-17T11:06:06Z dg43tfdfdgfd